どのくらい凄いのかわからないが
親父がアフリカの部族の偉い人を助けたらしく
その部族に子供が生まれると、人形を贈って来る
あと親父が戦う時には、18人の戦士が来る約束があるらしい"
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2010-09-12
(via quote-over100notes-jp)
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2010-09-12
(via quote-over100notes-jp)
鴻上尚史「成人するあなたへ」
本物の孤独と出会おう
成人、おめでとう。でも大人とはなんでしょう。賢いあなたは、年を重ねることと、大人になることは何の関係もないと見抜いているんじゃないですか?
あなたの周りには、二十歳をとうに過ぎているのに、少しも大人じゃない人が何人もいるはずです。
大人と子供の違いはなんでしょう。二十歳を過ぎると、実にやっかいな問題にぶつかります。解決不可能な、どちらの結論を選んでも、間違っているんじゃなかと思えるような、正しい解決策が見えない課題です。
でも、人生の問題とはそういうものです。大学入試まで、子供は「問題には必ず正解がある」と思い込まされていますが、もともと、人生の問題には、完全に正しい解答なんてありません。
そういう時、子供は、自分で考えることをやめて、親や誰かのアドバイスや言いつけに従います。そうすれば楽ですし、責任も生まれません。子供とは、いつも誰かに手を引いてもらっている存在なのです。
そして、二十歳を過ぎてもそうしている人は、絶対に孤独になりません。
成人式でお酒を飲んで暴れている若者が、毎年話題になりますが、彼らは、本当の意味で一度も孤独になったことがない人達だと思います。
孤独には、「本物の孤独」と「偽物の孤独」があります。
一週間、誰とも話さなかったから孤独なのではありません。
誰とも話さなくても、メールをやりとりし、インターネットで会話していれば、孤独ではありません。
孤独とは、「一人で自分と向き合う」ことです。例えば、あなたがすてきなアドバイスを受けたり、役に立つ本を読んだりしても、一人でかみし める時間がなければ、それはあなたのものにはなりません。今聞いた役に立つ情報を、右から左に伝えるだけでは、あなたのものになっていないのです。
二十歳を過ぎて出会う解決不可能な問題は、親に判断を任せない限り、自分で解決するしかありません。が、「偽物の孤独」しか経験していない人は、アドバイスしてくれる人を求めて、ウロウロさまようのです。
ただ、「本物の孤独」の時間が、うんうんとうなりながら問題に取り組むことができるのです。
もし「本物の孤独」を経験したいと思ったら、あなたは、携帯電話の電源を切り、パソコンやテレビから離れて、あなただけの時間を持つ必要があります。その時間が長ければ長いほど、あなたは「本物の孤独」と出会い、自分自身と会話を始められるのです。
「本物の孤独」はしんどいですが、あなたに暗闇を進んでいく勇気をくれます。終わりが明確でない暗闇を一歩一歩、歩く時、あなたは初めて大人になるのです。(作家・演出家)
こうかみ・しょうじ 1958年新居浜市生まれ。早稲田大在学中に劇団第三舞台を結成。95寝ん、「スナフキンの手紙」で岸田国士戯曲賞を受賞。現在、
「KOKAMI@network」と、「虚構の劇団」を中心に活動。
--鴻上尚史「成人するあなたへ」、『愛媛新聞』2012年1月9日(月)付。
覚え書:鴻上尚史「成人するあなたへ」、『愛媛新聞』2012年1月9日(月)付。 - Essais d’herméneutique
風呂、トイレ、散歩。
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もっともではある。しかし古来より日本では、「ギリギリまで他のことに目を逸らして問題の直視を避ける。そしてもうどうしようもなったときにようやく問題を直視して、『もうこうなった以上仕方ない』と言い、運の悪い人を切り捨て、運よく生き残った人達がやり直す」というソリューションが用いられてきたのだ。「個人が生存できなくても、共同体が存続すれば良い」という価値観に基づけば、この方法でも確かに機能する。
(via plasticdreams)
(出典: katoyuu、plasticdreamsから)
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Twitter / toshi_fujiwara (via plasticdreams)
(出典: katoyuu、plasticdreamsから)
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Twitter / Asailuck: 「私はオーストリ� (via toronei)
(nyampireから)
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Twitter / ushihito (via plasticdreams)
(出典: gearmann、plasticdreamsから)
G:
「できるかな」の番組の中で紹介されていた段ボールなどを使ったさまざまな工作は誰が考えていたのでしょうか?
ノッポさん:
これはもう本当の専門家たちが考えていました。名前を挙げるなら枝常弘(えだつねひろし)さんという方が造形の主任という形で最初から終わりまで手がけていて、その下に芸大の方や大学の助教授・教授になったような方といった造形の専門家が6人くらいいました。だからとてもぜいたくです。
G:
ではその人たちが毎日作り続けていたということなのでしょうか。
ノッポさん:
みんなが毎週5つか6つのアイディアを持ち寄るから、単純に計算して30ですよね。その内から1本撮るために必要な5つくらいをみんなで相談して「これとこれとこれを使おう」って出して。あとの25個はお蔵入りです。
次の週はまた違うテーマになりますから、お蔵入りしたアイディアは使わない。「できるかな」はあれだけ続きましたけど、世の中は移り変わるから、前の年に出したアイディアを次の年に持ってくると「勉強が足りない」って言われてしまいます。そのくらいちゃんとしてました。
G:
つまり本当に専門家たちが集まって作ったものの中でも上澄みだけを使っていたということですね。
ノッポさん:
そういうことです。もう本当にぜいたくな作りです。今そんなことはあまりやってないと思いますけど。そういう風にやってました。これは本当に皆さんに知っておいてもらいたいです。
G:
なるほど。私も子どものころ何気なく見ていたのですが、そんな苦労の元に作られていたとは知りませんでした。
ノッポさん:
そう。見る側は何気なくでしょうけど、それは作り手としては当たり前のことです。
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あの「ノッポさん」にインタビュー、ミュージカル「グラスホッパー物語」や「できるかな」についていろいろと聞いてみた - GIGAZINE (via thresholdnote) (via petapeta) (via babie) (via lunaryue) (via reretlet)
2009-10-28 (via yasaiitame) 2010-06-12 (via gkojay) (via oosawatechnica) (via tiga) (via yue) (via nimamekabu) (via plasticdreams) (via flashno1) (via bookmusic) (via usaginobike) (via nazobu)